一つ目小僧とか醜い神とか、日本の他の地域にもあるそうですが、板倉・松田の場合疱瘡神が関係しているのではないかと推測します。民俗学は考古学のように推理の世界です。

種痘が普及する前、疱瘡は死亡率20%から50%という恐ろしい伝染病でした。治っても顔に醜いあばたが残ったり、目がつぶれたりします。おそらく、この板倉や松田にもそういう病で醜女になった女の子いたでしょうね。人々はかわいそうだから「見るな、見るな」と目を背けるのが習慣になって、一種の禁忌(タブー)となっていったのかもしれません。人々の疱瘡に対する恐れが、出雲から帰った疱瘡神は醜く、一つ目というイメージを作り出したのかもしれません。

また、アラミサキと言って、この地区ではおかえり様から12日間、山仕事、畑仕事、針仕事も一切しないというしてはならない籠もりの習慣があったそうです。これも禁忌です。何故、禁忌があるのか?

おかえり様は、単に出雲から帰ったを出迎える儀礼でなく、稲を実らせてくれた田の神、作の神を山に帰らせて休ませてあげる儀礼だとする説もあります。休閑地というのがありますね。田や畑も休ませてあげないと土がやせてしまいます。田畑をこき使うことを禁じたタブーと関係しているのかもしれません。ですから、帰ってきた神様は荒ぶる神で祟りをなす。

人間、ワガママで勝手なものですから、何やっても構わないと思っている人もいるようです。科学的合理主義者とか唯物論者とか怖いですね。自然との調和、畏敬の念、感謝を忘れて人間、幸せになれないと思うのですが、いかがでしょうか?

地元の民俗をちょっと振りかえってみただけで、日本人の縄文時代から続く精神史に繋がる思いがして、大変興味が湧きました。(完)
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板倉神社から発見されたと思われる石棒と臼と思われる石。縄文時代のものだそうです。地元の人は、庚申塔といってますが、宮城県の松島の縄文遺跡博物館で同じものを見ました。そこでは、長い間、神社に男根として祀られ、金精様信仰になっていたようです。板倉でも本当は?右の石、女陰に見えませんか?少子化の現代、ありがたいものになっていくかも?


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# by araeshuzo | 2017-09-18 22:15 | 旅行記雑感

この祭りは、旧暦11月の初午の日に夜、7時から行われるそうです。板倉神社の氏子たちが、白丁を着て神輿を担ぎ、ほらを吹き、太鼓を叩き、自分の家の家紋の入った提灯を掲げ、町内を練り歩きながら賽銭を集め、町の境の大前坂というところ(山の中、かなり急な坂)で、出雲から帰った神様たちを出迎えます。それまでは、「だっしょ、だっしょ、おむかいっしょ!」と威勢よく叫びながら歩いてきたわけですが、帰り道は急に静かになり、「振り向くな!神様は醜い顔で、一つ目だ。見たら三年以内に死ぬぞ。女の神様だ。」と言い合いながら、板倉神社に戻ります。そして、神主が奥殿に神様を戻します。

それで終わりでなく、今度は神主だけ隣の町(さらに北の山深い集落)の松田神社に夜も更けたころ向かいます。この時、松田の人々は戸を閉めて家に閉じこもります。神様を見てはならないからです。この時、神主は神憑りになっているそうです。松田神社の氏子が一人、神主を迎え、神主は幣束を上げ、板倉に戻ります。

松田神社のご祭神も大国主の命です。もともと出雲にいるはずの神様が、出雲に戻って帰ってくる、それを迎える祭り、それも醜い顔で一つ目の女の神ーーーなんじゃこりゃー???と思いませんか?

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この神社の造は珍しいです。この建物のやや左に通路があります。

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これは、その通路の中です。鈴と大明神の額があります。この通路の中が拝殿なのでしょうか?奥に見えるのが本殿。

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本殿です。

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境内です。配神の社がいくつもありますが、中はみな空っぽ。ご神体どころか幣束もありません。廃社みたいな感じです。謎に包まれた板倉神社と松田神社のおかえり様。足利の図書館で民俗学の論文読んだり、私なりの推理をして考察してみました。(続く)



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# by araeshuzo | 2017-09-14 19:08 | 旅行記雑感

日本には、八百万の神がいると言われますが、疱瘡神なんてあまり聞きませんね。インドにも疱瘡神がいて、疱瘡になって死ぬと幸せに死ねると信じられています。疱瘡、つまり、天然痘は今は絶滅されていますが、かつては、国や民族を絶滅させるほどすさまじい伝染病でした。日本の歴史においても、種痘が日本で普及するまでは(1858年)恐れられた疫病です。源の義経もこの病気のせいで治ってもひどいあばた顔だったとか、伊達政宗も幼少期、疱瘡に罹り、片目を失い、隻眼になったと言われています。

疱瘡神というと疱瘡を流行らせる悪神と防ぐ守護神の二面性があるようです。日本の神様はこの手の神様が多いですね。恵みをもたらす神と祟る神。どうやら、足利の神迎え祭(おかえり様)は、その二面性の典型のようです。

人間ですから、神を祀るからには、ご利益を求めて守護神として地元では祀ってきたと思います。一般的には、疱瘡の守護神は鎮西八郎為朝(正一位八郎大明神)、加藤清正、スサノオ、菅原道真、鍾馗などの霊威高い荒ぶる神だそうですが、ここの神社には天満宮はありますが、これらの神の配神はありません。

おかえり様とは、神無月に全国の神様が出雲に集い、霜月(11月)になって、帰って来るのを迎える行事なのですが、奇妙なのは、

続く

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# by araeshuzo | 2017-09-14 01:35 | 旅行記雑感

 板倉神社の祭神は大国主の命とその妻と息子、つまり、日光二荒山神社の分霊ですが、配神として八幡宮(応神天皇)、天満宮(菅原の道真)、天の棚織姫(たなばたひめ)の命(織姫)、木花咲耶姫(このはなさくやひめ・富士山の神様、全国の浅間神社に祀られています)、大雷の命、大山津見命(山の神・木花咲耶姫の父)、そして、この他に、疱瘡神が祀られています

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拝殿から奥殿に続く階段。拝殿と奥殿がこんなに離れている神社も珍しいですね。おそらく、地形上の理由でしょう。

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奥殿です。




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二荒大神つまり、大国主の命とその妻田心姫の命とその息子(日光三山では、男体山、女峰山、太郎山)

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さて、この疱瘡の神様とは?  続く


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# by araeshuzo | 2017-09-12 17:48 | 旅行記雑感

内外旅をしていますが、自分の生まれ故郷にかようにおもしろい風習があるとは知りませんでした。

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かつて村社と呼ばれていたようですから、村の氏神様ですね。


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田舎でよく見かける神社です。

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しかし、この注連縄、よく見ると変わっていますね。蛇か竜が絡まっているようです。毎年、神迎祭の前には氏子たちが作り直すようです。

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この神社の祭りの概要が記されていました。この神社は室町時代初期に日光二荒山神社の祭神を分霊し祀ったものだそうです。ですから、ご祭神は大国主の命とその妻田心姫(たごりひめ)の命とその子、味耜高彦根命(あじすきたかひこのみこと)です。ですが、お祭りの時、「ここの神様はとても醜く、目が一つしかないから、
お迎えしての帰り道には、{決して振り返ってみてはならない。見ると、三年以内に死ぬ}という言い伝えがあるそうです。
えっ、大国主の命の家族が醜いなんて聞いたことない。なのに、ここの神様は、醜い女の神様だから、振り返って見てはならぬと
はどういうことか?興味が湧いて、探索に行ってきました。すると、(続く)

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# by araeshuzo | 2017-09-07 09:57 | 旅行記雑感

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サルラの教会のパイプオルガンです。カトリック教会にはこういうものが必要なのでしょうね。

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セーヌ川から見たパリのノートルダム大聖堂  すごい威容がありますね。木立が見られますが、森の中ではありません。

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モンサンミッシェルの修道院付属の教会

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ナポレオンの墓があるアンバリッドです。この大きさには圧倒されます。中には祭壇がありますが、目立つのはナポレオンの功績を讃えるレリーフです。フランスの建築物を見ていつも感じるのは、その建物自体の威容です。


教会も祈りの場所です。しかし、神父が説教する場所でもあり、礼拝堂の床のかなりの面積が信徒の座る椅子席で占められています。また、懺悔をしたり、洗礼を受けたりの儀式の場でもあります。教会という空間は、パイプオルガンの演奏に合わせて讃美歌を歌い、神を賛美し、感じ、聖書の教えを受けるところなのでしょう。そこは、神、エホバの神、キリストが唯一絶対的な支配者である場所です。魂があるのは、人間だけで、その魂を救えるのはキリストで、教えに殉じた者のみ天国に行けるというものです。フランスの中世の讃美歌をCDで聞いたことありますが、天国に吸い上げられていくような気分になりました。教会は音楽や神父の説教(聖書)を通じて神と触れ合う所なのでしょう。だから、人工的な人々を圧倒するような威容のある建物が必要となるのだと思います。

神社の場合、鳥居をくぐったら、もうそこは神様のおわすところで、聖域です。神道には聖書のような教えはありません。神社ではお祓いをしてもらい、清めてもらい、ご利益を祈願するだけです。仏教が伝来してから、仏の教えというものも伝わりました。しかし、仏教は高尚な宗教で難解です。私は、高校生の頃、禅寺に通い、座禅を組んだり、般若心経を唱えたりしてました。大学生の頃、般若心経の解説を読み、ある程度分かりましたが、未だ、悟りから遠いです。「色即是空、空即是色、不増不減、不生不滅、不老不生」これスゴイですよ。物理学や化学の質量保存の法則、地球物質循環論などが理解できないと分からないですよ。お釈迦様は2500年も前によく悟られたものだと思います。偉い所は、「私の言うこととて絶対と思うな。真実も変わる。」とおっしゃっていることです。唯一神、絶対神のキリストとはずいぶん違いますね。

この高尚な仏教に救いを求めるには、自ら相当修行が必要です。親鸞でさえ「私はたくさん修行したのに、まだ煩悩に悩まされている。」といって、浄土真宗を開き、阿弥陀仏の本願にすがりました。道元は「日々の生活が修行。」と言ってます。日本人の宗教観は、信じる信じないの問題でなく(無宗教)、日本人であることが一つの宗教になっているのだと思います。お寺の境内も神社と同じようになっていますね。次回は日光山の神仏習合に戻ります。(続く)



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# by araeshuzo | 2017-01-31 18:17 | 旅行記雑感

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足利の渡良瀬川から見た日光連山ではありません。赤城山です。足利の北部は山が連なり、足尾山地にと続きます。そのさらに北が日光連山です。残念ながら私の家の近くからはなかなか見えません。子供の頃見た記憶はあるのですが。

日本の国土の80%は山で、その70%は森林です。そして、国土の海岸線は3000kmに及び、森と海に囲まれて日本人は生きてきました。農耕をして生きてきたわけですが、「海の幸・山の幸」というように海と山から自然の恵みを受けてきました。豊かな漁場の大本は森林です。森林から流れ出た養分を含む川の水が海や田畑を潤して来ました。こう考えると山というものはありがたく、大きな山は威容があり自然と拝みたくなりますね。日本全国に「富士山」がある理由かと思います。足利にも足利富士はあり、別名浅間山(せんげんやま)で、江戸時代に山伏が祈祷した祠が残っています。そこに、木花咲耶姫(このはなさくやひめ){富士山に祀られている神様}が現れたと
いう伝説もあります。

自然は恵みだけでなく災いももたらします。地震や津波、台風被害、火山の噴火、洪水など日本は災害大国です。自然に対する畏敬の念というものも持たざるを得なかったでしょうね。また、運命として受け入れたり、諸行無常として流したり、潔く前向きな民族です。

学生の頃、下宿の近くの氏神様の神主さんから、「神道は死者をどう葬るかというところから始まりました。」と聞きました。原人の頃から人間は埋葬というのをやっていたそうです。動物だって死んだ仲間からしばらく離れないのがいるそうですから、感情が発達した人間にとって、死者を葬るというのは一大イベントです。死者に対するいたわりの念、感謝の念、祟りを畏れる念、いろいろあると思います。神道では、人は満足して死ぬと希人(まれびと)となって子孫を見守り、悔いを残して死ぬと浮遊霊となって人にとりつき、祟るそうです。いい霊になってもらうためにも古代では古墳をつくり、神社仏閣をたて、祈りの場としてきたわけですね。その祈りの場は自然界と繋がった清浄な場所でなければなりませんでした。鎮守の森とはそういうことだと思います。

一方、キリスト教の教会は、−−−(続く)



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# by araeshuzo | 2017-01-30 17:18 | 旅行記雑感

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ボストン美術館所蔵の馬頭観音図(ウイキペディアより)

馬頭観音というのは、あまり馴染みないですね。私も去年日光山輪王寺でお目にかかるまでは、お顔を存じませんでした。不動明王みたいに憤怒の形相です。別名馬頭明王。でも、聖観音(観世音菩薩)の変化(へんげ)の一つで千手観世音菩薩や如意輪観音と同じです。いわゆる観音様。観音様は六観音とか」十五観音とか三十三観音とか悩める人々の苦しみに合わせて姿を変え、救ってくださるのだそうです。ずいぶん懇切丁寧な仏様ですね。いわゆる、個別対応です。また、死んだ馬の供養にと、石仏としての馬頭観音もあります。私の家の本家には、戦国時代に建てられた馬頭観音の石碑があり、お像はなく馬頭観音の名だけ記されていました。矢場城の御典医をしていた新井将監(しょうげん)という先祖の馬のために建てられたものと思います。

日光山輪王寺と日光二荒山神社(双方とも奈良時代に勝道上人が開いたと言われています)の神仏習合について、お話しする前に、フランスの教会と日本の神社仏閣の違いはどこから生じるのか考察してみたいと思います。

神道には教義というものがありません。ただ祈るだけです。お水堂で口や手を清め、お祓いをしてもらったり、お神酒をいただいたりして、清らかな気持ちでご利益を祈ります。現世利益の宗教です。また、八百万の神がおり、汎神論、いわば、この世のすべてが神であるとする自然崇拝です。一方、悪霊の祟りを畏れ、荒ぶる魂の鎮魂をします。(続く)

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# by araeshuzo | 2017-01-30 14:57 | 旅行記雑感

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Parisのシテ島(セーヌ川の中州)にあるかの有名なノートルダム寺院です。かのナポレオンの皇帝即位の戴冠式もここで行われました。
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その由緒ある大寺院でも寺院横に柵を隔てて、このように道路が通っています。

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こちらは、パリの北駅の近くの教会で、名前は忘れました。

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こちらは、フランス中部の古い町Sarlatサルラです。中世の街並みがそっくり残っている感じです。Parisが開けたのは17世紀から。ここサルラはそれよりずっと古く、アンドレ・マルローは、フランスはここから始まったと言ってます。この町に入って、全くの別世界だと感じました。怖いくらいです。

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サルラの教会で、名前は忘れました。通りに面しています。

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中はこんな感じで、これから結婚式が行われるところでした。司教が執り行う式は荘厳で、日本のホテルや張りぼてみたいな教会で行われるファッション的な結婚式とは、まったく違いました。

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この教会の建物の裏庭ですが、人が歩いているところは墓場です。きっと、歴代の司祭の墓だと思います。

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こちらは、Brive-la-Gaillardeブリーブ?ラ・ガイヤルドというフランス中央部の町です。サルラより古くないですね。しかし、普通の建物と同じように通りに面して建っているだけです。これで、フランスの教会がどんなところに立っているかお分かりになっていただけたことと思います。

昨年、2016年8月、名古屋の熱田神宮、3月に和歌山の那智大社に行きましたが、明治神宮のように大きな森に囲まれていました。那智大社は山の中です。

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那智大社に行く参道。アンドレ・マルローは驚嘆したそうです。

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那智大社のご神体である那智の滝です。アンドレ・マルローが絶賛しました。アニミズムの世界ですね。

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那智大社本殿です。

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名古屋の熱田神宮は、このような木々の森に囲まれ、明治神宮に引けを取りません。
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熱田神宮の内宮です。ご神体は草なぎの剣です。それは、天照大神でもあるそうです。ここもわけわからん神話の世界。面白いですね。

さて、次回は神仏習合の話に戻りましょう。(続く)

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# by araeshuzo | 2017-01-28 10:18 | 旅行記雑感

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日光輪王寺の庭園の池の錦鯉です。餌をあげるとこういう風に寄って来て、犬みたいに頭を撫でさせてくれます。魚もなつくと可愛いですね。

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修復中の輪王寺です。完成予定図の絵で本物ではありません。2016年9月です。
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工事現場内部です。

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日光二荒神社社殿です。大国主の命(大己貴命)が祭られているだけに、良縁のパワースポットです。右端のハートマークの造形物すごいですね。女の子の参拝者が御利益を求めて多いです。
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二荒山神社の境内にある日光山を模した岩です。こんなにたくさんの山が全部この神社の境内なのですから、欲張りな神社ですね。さすが世界遺産です。フランスのノートルダム寺院でもモンサンミッシェルでもここまで壮大ではありません。フランスの宗教施設には庭園というものが無く、教会の建物と道路が隣接しています。日本の寺社仏閣のように境内に樹木があったりしません。神道も仏教も山岳信仰から来ていますから自然との融和が大切なのでしょうね。素朴な原始宗教。

輪王寺には、大己貴命が千手観音として、田心姫命が阿弥陀如来として、味すぎ高彦根命が馬頭観音として安置され、三仏と呼ばれています。これが日本の神仏習合なんですが、ここまでスゴイとは思いませんでした。大国主の命と千手観音が同じとは!!!(続く)

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# by araeshuzo | 2017-01-28 05:01 | 旅行記雑感