(366) 韓国日本世界遺産古墳巡りの旅 (扶余郡編7)

百済世界遺産の一つである定林寺址です。

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国宝の五重塔。日本の五重塔とは、ずいぶんイメージ違いますね。

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お堂があって、その中には、

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大日如来(毘盧遮那仏)だそうです。

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長い間、風雨にさらされ、こんなお顔御姿になったそうです。風化を防ぐためのお堂は最近造られたようです。韓国で文化財の保護が盛んになったのは、ここ30年くらいの間です。それまで、余裕がなかったのでしょうね。朝鮮戦争(1950年~1953年)では、南北合わせて300万人の死傷者がでたようですし、その後の軍政、光州事件などの争乱。民主化が進んで落ち行くまでに大変な思いを国民はしてきたようです。しかし、北朝鮮の脅威を考えると、日本のように平和ボケという訳には行かないようです。地方の地下鉄まで防空壕を兼ねて作られています。地下鉄の出入り口には、「避難所」「shelter]と書かれています。長いこと、大きいこと、商店街の多いこと。苦難の歴史と環境が窺えます。

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復元された蓮池でしょう。

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五重塔の両側にあった回廊の址。瓦がずいぶん使われています。

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やはり、泥の文化のようです。

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定林寺博物館にある、古の定林寺の模型です。この様式は、古代日本の寺院のモデルになったそうです。今の日本、定林寺という名前の寺は全国で20余りあります。多くは、鎌倉時代以降の禅寺です。百済の定林寺と関係ありそうなのは、奈良県明日香村の定林寺址。今では、廃寺となり小さなお堂があるだけらしいですが、聖徳太子が造らせたそうです。廃寺となっている定林寺はここを含め2件だけです。百済の定林寺とどう関係があるのか謎ですね。

(続く)


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by araeshuzo | 2018-06-19 16:52 | 旅行記雑感