日光・月光菩薩の謎

 
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 「カトマンズ旧王宮前広場で見つけた歓喜佛。
インド人の商売熱心に感心した。
ネパールに来ると随分変った。
これも国民性か?
両国共日本では考えられない魅力を持っている。 」

 以上参考資料「フンダリケ紀行」より引用

 性的なおおらかさというのが、仏像にあるのですね。日本にも「目ぐ合い(SEX)は、菩薩の境地」という言葉がありますからね。

 
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 ボロブドゥ-ルのレリーフ

 「レリーフは、その構図の巧みさ、洗練された浮き彫り彫刻の技法、細部表現の優雅さで知られ、仏像とともにインドのグプタ様式の影響が強く認められるとされる。」

 写真・文WEKIPEDIAより引用

 今、ジャイナ教、ヒンズー教、仏教の関連を調べています。
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by araeshuzo | 2008-05-23 03:48

 日光。月光菩薩の謎

 エローラの石窟寺院群

6世紀から7世紀にかけて開窟が始まった。
仏教窟が第1窟から12窟、ヒンドゥー窟が13窟から17窟、
そして少し離れた北に30窟から5窟のジャイナ教窟ある。
1983年世界遺産に登録される

カイラーサナーサ寺院

中心にあるのがヒンドゥー教の第16窟の
カイラーサナーサ寺院である。
カイラーサはシヴァ神の住むヒマラヤのことで
将に神殿である。
1枚の岩盤を上から掘り下げ彫り抜いた石造建築は
世界にここしかない。奥行き85m、幅45m、高さ32m
の石彫り寺院は見たものを驚愕させずにおかない。

 
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 上記の写真・文「フンダリケ紀行」より引用

 上記の3点の像は32・33・窟のジャイナ教のものです。どうです、同じ遺跡にヒンズー教、仏教、ジャイナ教の宗教的崇拝物が共存するインドは!そういえば、カンボジアのアンコール・ワットもかつてはヒンズー教寺院、その後は仏教寺院だそうですね。「獅子に乗る女神像」豊満な胸がいろいろな時代の人々からセクハラを受けてか、黒光りしてますね。釈迦如来や薬師如来のように脇侍がいるジャイナ教の神は、仏教のもんと区別し難いですね。奈良の薬師寺の薬師如来と脇侍の日光・月光菩薩の構図と酷似しているようではないですか?
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by araeshuzo | 2008-05-20 01:02

 日光・月光菩薩の謎

 アジャンタ遺跡



第2窟 仏陀の出現

アウランガーバードから北東へ約104キロにあるワーグラー渓谷にある。
時代は紀元前1~2世紀の上座部と5世紀から7世紀の大乗期に分かれる。
この遺跡の壁画は中国敦煌壁画に影響を与え、日本の法隆寺に至った。

 
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上記の写真・文「フンダリケ紀行」より引用

 アジャンタの遺跡の美術、艶かしさを感じさせませんか?像の曲線、曲線に注目してください。
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by araeshuzo | 2008-05-16 19:38

 日光・月光菩薩の謎   参考資料

 
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ガンダーラ美術
ギリシャ、シリア、ペルシャ、インドの様々な美術様式を取り入れた仏教美術として有名である。開始時期はパルティア治世の紀元前50年-紀元75年とされ、クシャーナ朝治世の1世紀~5世紀にその隆盛を極めた。5世紀には匈奴が侵入し、その繁栄は終わりを告げた。(写真・文ともにwikipeadiaより引用)

 ガンダーラ美術は官能的という記述の文献もあるが、上図の仏陀立像(1~2世紀)にグプタ様式や日光・月光菩薩、白鳳・天平の仏像のように女らしさ、色っぽさが見られるだろうか?
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by araeshuzo | 2008-05-16 02:35


 
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 さらにそのまま背面へ回る。これこそ、今回の展覧会で実現した初めての試み。菩薩像を背後から見ることができるのだ。初めて見る菩薩像の背面。ふだんは決して見えない場所であるにもかかわらず、驚くほど入念に作られている。一本一本細密に彫り込まれた髪の毛。肩にかかる天衣のやわらかな襞。肉付きの良い背中は、中央が美しく窪んでいる。さらに下がると、美しい襞の折り返しを見せる裙。まるで、背面も見られることを最初から想定して彫られたかのように素晴らしい。

 これが日光・月光菩薩です。写真、文は「マイ・コミ・ジャーナルよりの引用」です。

 以上参考資料 私の私論はこれらの資料を元に続きます。
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by araeshuzo | 2008-05-14 03:22

 日光・月光菩薩の謎  参考資料

 第17窟には、裕福な商人の息子であるシンハラの物語が描かれている。シンハラは、父の忠告を聞かずに出航するが船が難破し、遭難してしまう。ようやくスリランカの浜辺にたどりつくものの、鬼女たちに襲われ、天を飛ぶことのできる白馬に助けられ、帰国を果たすことができる。シンハラは心を入れ替えて魔物たちを退治するという話である。これらの説話図の描写は、説話の舞台ごとに王宮、山中などにまとめられ、構図も楕円形に人物を配置する独特の遠近法で描かれている。前述したように寄進者はヴァーカータカ朝の君主であるが美術的には典型的なグプタ様式と言える。

 
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 文及び写真WIKIPEADIAより引用
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by araeshuzo | 2008-05-14 02:59

 日光・月光菩薩の謎、参考資料

 グプタ朝時代に栄えた美術は、これまでギリシア文化の影響が色濃かったガンダーラ美術に代わり、純インド的な仏教美術として知られ、グプタ美術、またはグプタ様式と呼ばれる。代表的なものとして、アジャンター石窟寺院の壁画や「グプタ仏」と呼ばれる多くの仏像、特に薄い衣がぴったりとはり付いて肉体の起伏を露わにする表現を好んだサールナート派の仏像が知られる。サンスクリット文学は最盛期の時代で、二大叙事詩である「マハーバーラタ」「ラーマーヤナ」、カーリダーサの戯曲「シャクンタラー」などが生まれる。マヌ法典も完成した。 (Wikipediaより引用)
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by araeshuzo | 2008-05-09 04:48

 109-6はちょっと後回しにして、(ただ今ちょっと勉強中)、4月1日2日のムンフズル(モモちゃん)の歓迎合宿の様子が、フロリーン(フランス人留学生、もうじき帰国)から届きましたのでご覧下さい。

 
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モモちゃん(誰かにつけられた日本風ニック・ネーム、顔が桃に似てるからかなあー?)ことムンフズル。

 
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 2日、皆でカラオケに行った時の写真。私はそこに居なかったから、分からないでけど、多分モンゴル人には始めて。フロリーンは今では(留学して9ヶ月)日本人女子高生より、日本の若者向け歌が上手。大人のフランス人には出来ないことをどんどん吸収する異文化吸収力はさすがに若さと感服。なぜか、私がフランス語でシャンソン歌うと嫌がる。

 
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 モンゴルの民族衣装をわざわざ着てくれたモモちゃん。デールと言います。

 
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 斎藤麻衣(ライシー生徒会副委員長)さんとデールを来たフロリーンとモモちゃんのスリーショット。デール姿のフランス娘の写真は本邦、否、世界初公開か?そういう時代になりましたね。

 
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 日本人娘のデール姿。日本人の男の子には今までデールを何度も着せたことあるのですけど、女の子には私としては始めて。
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by araeshuzo | 2008-05-08 01:31

 日光・月光菩薩の単なる偶像崇拝以上の「美」。

 ルネッサンス期のヨーロッパでは、古代ローマやギリシャのビーナスが復活し、女性の肉体美が讃えられました。それ以前のヨーロッパの芸術は教会の建築様式とキリストの磔刑を表現した様式くらいです。7世紀、日本の白鳳時代のヨーロッパでは偶像に「美」など考えられなかったでしょう。

 薬師寺の薬師如来の両脇の日光・月光両菩薩は、何故、男だか女だか分からない「美」をもっているのでしょう。これから、私なりにそれを少し考察してみたいと思います。続くーーー
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by araeshuzo | 2008-05-05 21:06

 7世紀、白鳳時代の仏師はこのブロンズ製の仏像に何を求めて、何を表現したかったのでしょうか?博物館側の解説には、7世紀、玄奘三蔵法師がインドから持ち帰った仏典とともにグプタ朝時代の仏像があり、その様式の影響とあります。だとすると、ヒンズー教の女神の一種と解釈すると合点がいきます。

 奈良・東大寺の大仏は朝鮮人の鋳物師によるものと聞いてますが、日光・月光菩薩は誰が作ったものなのでしょう。日本人か朝鮮人か?
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by araeshuzo | 2008-05-05 20:48