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 酒井 抱一(さかい ほういつ、 宝暦11年7月1日(1761年8月1日) - 文政11年11月29日(1829年1月4日))は、江戸時代後期の絵師、俳人。 権大僧都。本名は忠因(ただなお)、幼名は善次、通称は栄八、字は暉真(きし) ウイキペディアより

 4人の江戸琳派巨匠の中で唯一江戸で活躍した人です。姫路藩主の4男ですから、大名の出自です。出家もしています。光琳の絵と出合い、上記のような作品を残しました。より洗練された琳派を感じますね。

抱一には、鈴木其一(すずき きいち)という直弟子がいました。琳派の中で唯一の師弟関係ですね。其一は下記のような作品を残し、1858年に没しました。ここまで来ると、近代ヨーロッパ絵画を見ている気がしてきます。何故?これから、ご説明しましょう。(続く)

 
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by araeshuzo | 2016-07-31 00:13

 (1)と(2)の松島図屏風を見てください。尾形光琳は俵屋宗達と同じ時代ではなく、光琳は宗達の死後生まれたそうですが、風神雷神図だけでなく、この松島図屏風も模写しているそうです。しかし、どう見ても単なる模写に見えないでしょ。風景がかなりデザイン化されていますね。このデザイン化こそが、光琳の技法だと思います。19世紀、20世紀の抽象画・前衛芸術につながっていく原点です。光琳は、会ったこともない師匠から学び、新たな芸術へと躍進していたのです。遊興三昧のダメ男がです。

 琳派は明治時代になってから、美術史家によって作られた呼称ですが、琳派とは、絵のデザイン化だと思います。後にヨーロッパの琳派、現代の日本の琳派をご紹介しますが、琳派は世界の美や現代日本の生活のなかでも息づいています。

 (3)(4)をご覧ください。両方、光琳の作です。(4)の2次元作品を3次元にしたものが(3)と考えると面白いでしょう。

 (5)の紅白梅図は、ブルーノ・タウトが「光琳、あなたは天才だ。」と感嘆しただけに、スゴイ創造性を感じさせます。左右の梅図と真ん中の奇妙なもの?見るものに何かを連想させる手法は前衛絵画ですね。私は、「川」だと思います。あるいは、「水たまり」。とにかく、うごめく水を感じます。皆さんはいかがですか?水がデザイン化されたものを感じませんか?光琳は、呉服屋のドラ息子だったから、反物からこういう発想ができたのかもしれません。

 (6)燕子花図屏風、新鮮な新しい美を感じますね。色彩、構図、反復の形のリズム。これ以上、新たなものは出てくるのかというくらい、みずみずしい緑、すっきりした爽快な美を感じさせますね。

 (続く)
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by araeshuzo | 2016-07-26 10:39

(304)ジャッドへの手紙

 
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 俵屋宗達 松島図屏風(1)

 
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 尾形光琳 松島図屏風(2)

 
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 尾形光琳 八橋蒔絵螺鈿硯箱(3)

 
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 尾形光琳 八橋図屏風(4)

 
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 尾形光琳 紅白梅図屏風(5)

 
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 尾形光琳 燕子花図屏風(6)

 尾形 光琳(おがた こうりん、万治元年(1658年) - 享保元年6月2日(1716年7月20日))は、江戸時代の画家、工芸家。

 京都の裕福な呉服屋の次男として生まれ育ちましたが、父親が亡くなり兄が家督を継いだ頃はもう没落。女をたくさんつくり、遊興三昧のドラ息子だったそうです。親の残した財産も使い切り、妻子や愛人たちを養うために30代で絵を描くことを始め、40歳で才能が開花、絵の道にはまったそうです。裕福な家庭でしたから、優れた工芸品や絵を幼き頃より見て育ち、呉服屋でしたから、優れた着物の柄などを脳裏に焼き付いていたのでしょうね。独学で絵を学び、フェノロサに「世界最大の装飾画家」とまで呼ばれ、ドイツの建築家ブルーノ・タウトに「光琳、あなたは天才だ。」とまで、後世言わせたのは、どん底に落ちて才能に火が付いた結果なのでしょう。人間て分かりませんね。特に画家のような変人は。

 
 
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by araeshuzo | 2016-07-19 02:17

(303)ジャッドへの手紙

 
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 鶴下絵和歌巻

 本阿弥光悦と俵屋宗達のコラボ作品です。鶴が飛ぶ姿を宗達が描き、和歌を光悦が書いています。

 普通、鶴が飛ぶ姿と言ったら、下から見上げる図ですね。ところが、この絵は上から鶴を見下ろすように描いています。この発想なかなかできませんからね。10メートルくらいの巻物で、鳥獣戯画図とともに、アニメの原点を見る思いです。

 宗達の生没年は不詳ですが、光悦とコラボしていますから、同年代ですね。また、こんな杉戸絵を描いています。

 
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by araeshuzo | 2016-07-17 03:30

(302)ジャッドへの手紙

 
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箱の全面に金粉を密にまき、波の地文に小舟を並べ、厚い鉛の板で橋を掛け渡す。波は漆で線描きしてから金粉をまく付描(つけがき)で表し、小舟は漆を盛り上げて金粉をまいた薄肉高蒔絵(うすにくたかまきえ)で描いている。
 斬新な意匠の効果をさらに高めているのが、銀の板を切りぬいて散らし書きにした文字である。文字は「東路乃 さ乃ゝ かけて濃三 思 わたる を知人そ なき」と散らされ、『後撰和歌集』源等(みなもとのひとし)の歌「東路の佐野の舟橋かけてのみ思い渡るを知る人ぞなき」から、「舟橋」の字を省略して表している。つまり「舟橋」は箱の意匠から読み取る仕掛けである。(E-国宝より引用)

 硯箱という工芸品ですが、様々な日本の芸術が結集しています。敢えて記しませんので、数えてみてください。

 こういう芸術作品は世界に類を見ないことが分かると思います。美を愛する日本人の心と究極を求める技術力が窺えます。これからの日本人はこれを忘れてはならないと思います。忘れなければ、地震津波が来ても、中国が攻めてきても日本は滅びることないでしょう。心を忘れれば、それすなわち亡国。
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by araeshuzo | 2016-07-09 05:17

(301)ジャッドへの手紙

 美術や文学、学問、哲学に様々な流派が歴史の中に登場しましたが、数十年くらいしか続いていません。狩野派は、室町時代から江戸まで続きましたが、権力者や公家、大名によって保護され、弟子はたくさん抱えても、世襲というものによって続きました。ところが、琳派は師弟関係もなく、世襲でもなく室町の終わりから明治時代まで、否、現代まで続いているのです。このようにしてできた流派は世界でも琳派だけでしょう。日本国内だけでなく海外作品、グスタフ・クリムトの作品にも琳派の流れを見て取れます。アンディ・ウオフォールや印象派にも影響を与えているようです。

 まず、本阿弥光悦の作品から見ていきましょう。
 
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舟橋蒔絵硯箱です。国宝です。蓋を膨らませ、鉛の板を切り取って貼り付けてあるところは、実に前衛的です。光悦は書家でもありますから、和歌が書かれています。彼は、芸術工房の総合プロデューサーでもありました。
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by araeshuzo | 2016-07-04 02:09

 さて、いよいよ江戸時代の珠玉の芸術流派、琳派です。

琳派(りんぱ)とは、桃山時代後期に興り近代まで活躍した、同傾向の表現手法を用いる造形芸術上の流派、または美術家・工芸家らやその作品を指す名称である。本阿弥光悦と俵屋宗達が創始し、尾形光琳・乾山兄弟によって発展、酒井抱一・鈴木其一が江戸に定着させた。(ウイキペディアより)

 主な代表的絵師は、本阿弥光悦(1558年 - 1637年)、俵屋宗達(生没年不詳・江戸時代)、尾形光琳(1658年 - 1716年)、酒井抱一(1761年 - 1828年) - 江戸琳派とも。

 本阿弥光悦と俵屋宗達は同時代に活躍しましたが、生没年をご覧になればお分かりのように、それぞれ違った時代に生きています。琳派と呼ばれるようになったのは明治時代からで、4人とも弟子師匠の関係からなる流派ではありません。

 では、何故、明治の美術家が「琳派」と呼ぶようになったのか?まずは、三つの風神・雷神図をご覧ください。
 
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 俵屋宗達
 
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 尾形光琳
 
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 酒井抱一

 この三つの風神雷神図屏風少しずつ異なって進化していますね。尾形は宗達のを圧倒されながら苦しみながら学び、酒井はまた、先人である宗達・光琳のを学んだようです。単なる模写では、ありません。離れた時代の先達から直接手ほどきを受けるわけでなく、何日もあるいは何か月も見ながら学んだのでしょう。いかにも日本人的なやり方です。(続く)
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by araeshuzo | 2016-07-02 03:37